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「フェルマーの最終定理」と一位じゃなきゃダメな理由

サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」を読んだ。同著者の「暗号解読」同様、中学生レベルの知識があれば十分わかるレベルの概念しか登場しないにも関わらず、フェルマーの最終定理がどのように証明され何に役立ったのかが理解できる良作だった。

恥ずかしながらフェルマーの最終定理がなぜ最終定理なのか知らなかった。1601年に産まれた数学者フェルマーはどうも天才的能力を持っている面倒くさがり屋だったようで、何かを証明しても「証明した」とだけ書き、その証明内容を明かそうとしない人だったらしい。そのため、彼の死後多くの定理が彼の書斎から見つかったが、どれも完全な証明が書かれておらず、多くの数学者がそれらの定理の証明を行なってきた。その中で下記の定理が最後まで証明されなかったため「フェルマーの最終定理」と名付けられた。この定理の側に書かれていたあまりにも有名な文句はフェルマーの代名詞ともなっている。

chart.png
自然数nが2より大きい場合、整数解は存在しない


この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。

この本の素晴らしいところは、「フェルマーの最終定理を証明することに意味があるのか」という疑問に明確な回答をくれる点である。フェルマーの最終定理は見ての通り非常にシンプルで、数遊びにしか見えない。これを解いたところでパズルを解く満足感以外に得られるものがあるのだろうか。

フェルマーの最終定理を解く意味は、解いた結果そのものよりも、定理証明への挑戦によって産まれた2つのものにある。

その1つは、3世紀ものあいだ数学者たちがフェルマーの最終定理に挑む中で編み出されていった数多くの新たな考え方である。これらの発明は、最終定理の証明にはまったく役立たなかったとしても、他の分野で重要な役割を担うこともあったし、場合によっては数学に新たな領域を産み出すこともあった。副産物的な発明は数学を豊かにした。

もう1つは、様々な領域で独自に進展していた数学をつなぎあわせたことである。ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明となった論文は補足論文とあわせて130ページにも及ぶが、その内容はバラバラに成長を続けていた数学の最先端を組み合わせたものであり、「数論の現代的概念はすべてこのなかにそろっている(ケン・リベット)」とも言われる。異なる領域の考え方がつながると、両方の領域が意見交換をすることでブレークスルーが生まれ、各領域とも急速な発展をとげる可能性が膨らむ。また、それぞれの領域での新たな発見が活躍する場も増加することになる。

ワクワクさせる目標は人をのめり込ませる。のめり込んだ人はたとえ目標に辿り着かなくとも素晴らしいものを産み出す。一位じゃなきゃダメな理由はここにある。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
(2006/05)
サイモン シン

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