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「イシューからはじめよ」と要領がよいとはどういうことか

「イシューからはじめよ」を読んだ。生物学とマッキンゼーを行き来するという異色の経歴を持ちながら、現在はYahoo!のCOO室室長をやっている安宅和人さんの本。ヒットした自らのブログ記事を元に書き上げた本のため、結果的にこの記事が本書のよいサマリとなっている→圧倒的に生産性の高い人(サイエンティスト)の研究スタイル

この本の白眉はなんといっても、「バリューのある仕事とはなにか?」を明らかにする第一章だ。著者はバリューのある仕事かどうかは2つの軸で決まると言う。すなわち、「イシュー度」と「解の質」だ。「イシュー度」とは「自分のおかれた局面でその問題に白黒をつける必要性の高さ」を指し、「解の質」とは「問題に対してどこまで明確な解を出せるか」を指す。「解の質」を上げるための本は数多く存在するが、「イシュー度」という軸は新鮮である。

一般的に「バリューのある仕事」というと解の質が高いものを指しがちだが、イシュー度に注目することで本当にバリューのある仕事を短時間で行うことができる、だから問題を解く前にイシュー度の高い問題を見極める時間をとれ、と著者は説く。

イシュー度を無視して問題に取り組むことは、激務なのに結果が伴わないという結果になりがちである。イシュー度が高い問題は全体の2-3%しかないため、ランダムに取り組めば多くはイシュー度の低い問題とぶつかることとなる。イシュー度が低い問題は幾ら解の質を上げたところでインパクトがないため、受益者にとっての価値はゼロに等しい。しかも問題は数多く存在するわけだから、それらすべてに回答するとなると非常に大きな労力がかかる。そのため、薄いバリューを幾重にも積み重ねるような形となるし、疲弊していく内に薄いバリューを出すことすら難しくなっていく。その中でたまたまイシュー度の高い問題にぶつかったとしても、まず解くことは難しいだろうし、解けても解の質を上げられる可能性は著しく低いだろう。

反対に、イシュー度が高い問題を探し出しそれだけに注力することで、短時間でバリューの高い仕事を行うことができる。イシュー度の高い問題を探す時間は一時的には遠回りの時間となる。しかし、一度イシュー度の高い問題を見つけ出すことができれば、もともとイシュー度の低い問題に費やされていたリソースをすべてイシュー度の高い本質的な問題に費やすことができるようになる(2-3%しか存在しないなら30-50倍のリソースをつぎ込むことができる)。よってバリューの高い問題を解ける可能性は大きくあがると予想され、時間当たりのアウトプットは劇的に増加すると考えられる。

確かにこれは的を射ている指摘だと思う。例えば、仕事をしていると「○○をやってくれ」という依頼を受けるが、ここで手を動かす前に、どうしてその依頼をやってほしいのかを考えてみると、本来やりたいことはもっと単純であることが分かることは多い。その結果、実際よりも働いていないのに依頼主に想定以上のアウトプットを渡せる、という場面を僕の短い社会人経験の中でも何度も見た。忙しくなると頼まれたことを「どうやってこなすか」と考えてしまいがちだが、一歩離れて自分が取り組むべき問題は何かを考えることは強力なアウトプットを産み出すのだ。

第一章でイシューを見極めるという考え方を展開した後、第二章から五章の間には問題解決のフローが明瞭かつ簡潔に書いてある。ここが「解の質」を上げる部分にあたり、その内容は概ね、仮説思考などの良くできた本には書いてある内容だが、その中に著者の鋭い視点が織り込まれていて飽きさせない。

例えば第三章では「分析とはなんだろう?」と疑問を投げかけてくる。なかなか面白い質問である。「分析とは分けること」「分析とは数字で表現すること」といった間違った回答を論破した上で著者の出す回答は簡潔だ。「分析とは比較、すなわち比べること(p.150)」である。とても簡にして要を得た説明であり、その視点があるだけで「何かを示すためには対象物がなくてはならない」と概念ことが頭にスッと入ってくる。

頭のよい人が仕事が早いのは、処理能力が高いからというよりも要領がよいからなのだ。

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」
(2010/11/24)
安宅和人

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