だいたい47度

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

生物学者だったころの僕について

小中学校で習う理科のうち、生物が嫌いだった。

物理も化学も演繹的な考え方をするのに対し、どうも帰納的な学問に思えたのだ。演繹的な考え方をするのであれば、基本理論をマスターすればその上での世界を理解できる(仮説に基づく世界ではあるが)。一方で帰納的な考え方は、積み重ねていくことで徐々に世界を理解していくことになる。努力が嫌いかつ若くて積み重ねたもののない僕は、帰納的な世界が嫌いだった。高校になってもその考えは変わらず、生物は一切選択しなかった。

大学に入ってみて、その見方が変わった。僕のいった大学では、最初の1-2年間は文理あわせて様々な講義を受けることを求められた。せっかくなので毛嫌いしていた生物学の世界も眺めてみて驚いた。DNAからタンパク質生成にいたるセントラルドグマあたりの解析が進み、生物の世界も演繹的なアプローチが可能となっていたのだ。そんなのは数十年前からの話なのだが、小中ではそんなことは教えてくれないし、僕はあまり本も読まない性質だったので知らなかった。

そうなってくると、生物学はとても面白い学問に思えてきた。生命とはなにか、というのは非常に魅力的な質問だ。知れば知るほど、その問題は遠大な問題であることに気づく。当時ヒトゲノムも解読されるなど、素人目には道具も揃ってきているように見えたので、僕の大学後期は生物学を主体にやってみることにした。

そのまま数年間、大学院の博士課程まで分子生物学をやってみたのだが、色々考えた末、中退した。基本的には「他にやりたいことができた」というポジティブな理由なのだが、それについては長くなるので割愛する。ネガティブな理由として、自分のやっている研究が枚挙主義、帰納的学問の一端に過ぎないのではないか、と思ったことがある。

僕は酵母を使ってあるタンパク質の機能を研究していた。その研究が成功すれば今までにない経路の発見となるし、しかも教科書上すでにそこの研究は概ね終わっているとされている分野であったのでインパクトもそれなりに大きい研究であった。しかし、そこから先の展望が僕にはできなかった。新しい経路の発見は新しい研究を産み、科学は発展するだろう。ただ、それらの知見を積み重ねることが本当に生命の理解につながるのか、分からなくなってしまった。

いまから思い返すと、僕の研究計画の立て方がまずかったのだと思う。僕の嗜好の場合、最初に大きく解きたい問題を立て、それへのアプローチ方法を考え、小さな作業に落として実行していく研究をすべきであった。しかし、実際は「いまある道具や環境から何ができるか」から考えてしまっていた。擁護をするのであれば、研究にとりかかり始めた当初では何ができるのかも分からない訳だから、世界的に何が面白くて解けそうな問題なのかを知ることは難しいだろう、とは言える。ただ、自分の知識の限界を感じつつも、その思考を常に続けることはいつだってできたはずだ。

こんなことを思い返したのは「ロマンチックな科学者 世界に輝く日本の生物学者たち」というちょっと古い本を読んだからだ。この本では、一流の生物学者たちが若き研究者へ向けてのメッセージを数ページずつ寄稿している。

内容としては、専門的な話はなるべく省き、自分が科学に対してどう思っているのか、何が自分の研究する動機となるのか、自分の行ったことで成功につながったことや失敗につながったことは何か、ということが書かれている。ごく数人の著者の文章は修士レベルじゃないと理解しにくいかもしれないが、多くの筆者の文章は生物に疎い人でも読めるような内容だ。専門外の人にとっても、何十年にも渡る問題解決へのアプローチの歴史を見てみたり、学者とは日頃なにをやっているのかを知れたりして面白い本だと思う。

ただやはりこの本は若い研究者や研究者志望の学生に読んで欲しい。特に実験系の研究生活は土日もなく朝から晩までの視野を狭窄させるが、目先の研究結果に引っ張られて、自分はなぜ研究しているのかを見失ってはならない。ノーベル生理学・医学賞をとったマックス・デルブリュクはこう言った「科学者の中にも将軍と兵士がいる。優れた兵士が必ずしも将軍にならない。将軍になる人はロマンチックだ」。

関連して、特に気に入った部分を引用する。この部分はどんな仕事に関しても成り立つ話だ。

オリバー・ホームスという人が、人間の知性を三つに分類している。“一階建ての知性”は事実を集めるだけのファクト・コレクターで事実の背後にあるものを見ようとしない。“二階建ての知性”は、事実を比較したり、一般化したりすることを試みる。“三階建ての知性”は天窓つきでイマジネーションがあり、理論を完成する能力をもっている。学術雑誌をみても一階建てが多く、三階建ては甚だ少ないとも述べている。(186p)



この本を学生のときに読んでいたら、僕の現在は変わっていたのだろうか。


ロマンチックな科学者―世界に輝く日本の生物科学者たちロマンチックな科学者―世界に輝く日本の生物科学者たち
(1992/07)
井川 洋二

商品詳細を見る



【追記】まだ読書中の本だが、生命とは何か―複雑系生命科学へという本は、生命とは何かということについて考えるべき幾つかの大きな疑問について掘り下げ、そのアプローチを具体的に示している本でとても面白い。生命観が変わると思う。ただこちらはそれなりに知識を必要とする(筆者は高校レベルの知識でいいと言っているが、それはかなり厳しいだろう)。
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。