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ダーウィン進化論だけでは説明にならない生物の「かたち」

ハチの巣は非常に精密な六角形からなっている。
ただ面を埋めるのであれば三角形でも正方形でもいいはずだが、なぜ六角形なのだろうか?

ダーウィンは、ハチの巣は「労働と蝋を節約するためには完璧だ」と断言したという(90p)。一定の大きさの平面を埋めることを考えると、三角形や四角形に比べて六角形は、辺の総長をかなり節約できる。つまり巣室の断面積が同じであるならば、六角形を用いることで壁の面積を抑えることができ、壁を作るための蝋や労働=エネルギーを節約することができる。

ダーウィン的な物語でいえば、ハチは適応によって六角形の巣を作るようになったことになる。様々な形で巣を形成するハチがいる中で、六角形の巣を作るハチは巣作りのエネルギーを抑えることができたため、他のハチが淘汰されていくなか生き残ったのだ。ハチには六角形の巣を作るための遺伝子があり、それが選択されたということになる。

しかし、ハチの巣が六角形である説明にダーウィンの進化論を持ってくる必要があるのだろうか?

ダーシー・トムソンは、ハチは物理的な組織力に頼るだけで、精密な六角形の巣を構築しうると主張した。例えば、ストローをシャボン液に突っ込んでプクプクと吹いてやると、六角形のシャボン壁でできた表面ができあがる。単純に表面張力だけで六角形はできるのだ。であるならば、ハチの巣もただ物理的な事象の結果として六角形になっているだけなのではなかろうか。

結果的にトムソンの主張は間違っていた。ハチは生理的に120度の角度を測定できることが示され、更にハチの巣には他にも地磁気や重力が勘案されていることも示されたのだ。それらはハチが遺伝的に獲得した能力だった。

ハチの件に関しては間違っていたが、トムソンの主張は示唆的である。すなわち、生物の形態や行動はあまねくダーウィンの進化論で説明できる、というのはあまりにも単純化しすぎているのではないか。進化論は「なぜそれが選ばれたか」は説明するが、「どんな選択肢がありうるか」については何も述べない。そこに関して注意を払わないと、進化論とインテリジェントデザインはあまり変わりのないものとなってしまう。生物の形態に対して「それが最適だから」は説明としては片手落ちなのだ。

前置きが長くなったが、「かたち: 自然が創り出す美しいパターン」は数理・物理的視点から、生物の形態について迫っていく本だ。上述のハチの巣の話から始まり、シマウマや熱帯魚、チーター、キリンの模様や、巻貝の形、コロニーが描くパターン、キャベツのしわしわの葉やカボチャのボコボコした実などについて、数理的にどう説明できるかが書かれている。すべてを遺伝子のブラックボックスに投げず、数理・物理的に可能なことを明らかにすることで、生物の謎に対するアプローチは本質的になる。

最初の3章では、パターンは生物依存のものではなく、自然発生的にも生じることを見ていく。リーゼガングの環やBZ現象(下記動画)などを説明し、自己触媒反応と拡散反応が起こる際には、同心円・らせん・縞模様などのパターンが発生することを説明する。

では、パターンは自然発生しうるとして、それがどうしてシマウマの縞に落ち着くのだろうか。ここでアラン・チューリングが出てくる。彼はモルフォゲンと呼ばれる化学物質が組織内に拡散し、遺伝子のオンオフを切り替えることで組織内にパターンを作りうると考えた。モルフォゲンには2つの重要な点がある。自己触媒反応を起こすため活性のゆらぎが大きく増幅されることと、抑制因子が活性因子の拡散より速いスピードで拡散されることだ。詳細は省くが、この数理モデルのもとでは、活性因子が活性化される領域が斑点や縞模様のようになるため、遺伝子発現にパターンを生じさせることができる。

このモルフォゲンの数理モデルを軸に据え、「かたち」ではおびただしい量の事例を取り扱い、それぞれに説明を試みていく。上述したような話の他、植物の葉がどうして日光を浴びやすいように交互に生えるのかについてや、チーターの尾が付け根はブチなのに先は縞の理由についてなど、バラエティに富んでいる。しかも、軸であるモルフォゲンの数理モデルに関しても「あくまでもモデルとしては説明できる」というスタンスを崩さず、他の考え方に関しても紹介してくれるため安心して読んでいられる。図が豊富なのも嬉しい。



この本で一番衝撃を受けたのは、界面活性剤からできる膜が自動的に共連続相を作る話だ(p.135)。僕は生命科学系の大学院で生体膜の構成成分と形状の話を研究していた。しかし当時は、遺伝学的アプローチばかり考えていたからか、その周囲の論文は読んでも、数理・物理的なアプローチは頭に浮かんだことがなかった。

もし当時数理的アプローチを知っていたら、もっと違った形での研究もできたかもしれない。この僕の浅学無知は、単に僕が学生だったからというだけではないように思う。主要な分子生物学系論文雑誌はほぼすべて目を通して関連記事は読んでいたはずだし、専門で研究していた助手の先生との議論でもその視点は出てきたことがないからだ。だが、外から見てみれば当然やるべきアプローチに思える。どっぷり一つの世界に沈み込むことも大事だが、意図的に外側とつながる意識も持った方がよいようだ。

同じようなことはどんな仕事にも言えるだろう。仕事関係の本を読むことも大事だが、離れた領域の本を読んだり、離れた世界の人と触れ合ったりすることが、意外と大事なのかもしれない。広く様々なものを楽しんで、何かに固執しないようにしよう。


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(2011/09/09)
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まとめtyaiました【ダーウィン進化論だけでは説明にならない生物の「かたち」】

ハチの巣は非常に精密な六角形からなっている。ただ面を埋めるのであれば三角形でも正方形でもいいはずだが、なぜ六角形なのだろうか?ダーウィンは、ハチの巣は「労働と蝋を節約す...

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