だいたい47度

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「われはロボット」のジレンマ

「われはロボット」を読んだ。本作はSFの大家アイザック・アシモフの書いたロボットにまつわる短編集だ。9つの短編からなるが、それぞれの話に出てくる登場人物や舞台は一貫していて、全体で大きな一つの話となっている。

僕はこれまでSFを食わず嫌いしてきたのだけど、「われはロボット」を読んで大きく考え方を変えなくてはならないと反省した。

われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF)われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF)
(2004/08/06)
アイザック・アシモフ

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なぜ僕がSFを避けていたかというと、SFは説得力のために中途半端な科学知識を濫用するものだと思い込んでいたからだ。物語のひとつのキモは如何にリアリティを出すかであるが、SFはその部分をちょっとした科学知識で煙に巻きそこに都合のいい憶測を加えることで達成している、近年流行のサギのようなものだと感じていた。要するに、その物語がSFでなくてはならない理由が、説得力からの逃避以外に思いつかなかった(実際、途中まで生化学の話だったのに突然超能力を使い始める話を読んでゲンナリしたこともあるのだが)。

しかし、「われはロボット」はSFでなくてはならなかった。本作に出てくるロボットは陽電子回路という部品を中枢に持っている。陽電子回路は、音声や画像などの膨大な量の信号を受け取り、過去の記録と組み合わせてそれらを処理し、何かしらのアウトプットを出す。これはまさに人間の脳がやっていることに等しく、その結果ロボットは心をもっている(本作の主人公の職業は「ロボット心理学者」である)。つまりロボットは人間と内部的には等価であり、むしろ耐久性や処理速度を考えるとロボットのほうが優れていることになる。そこで人間の絶対的優位性を保つために、かの有名なロボット工学三原則の遵守がロボットに義務付けられるようになった。これを破ろうとするロボットはその時点で壊れてしまう。

・第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
・第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
・第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


物語は、このロボット工学三原則によって生じるジレンマが焦点となっている。ロボットたちは優秀で働き者で、そしてひどく優しい(第一条は人間を精神的に傷つけることすらも禁止している)。ロボットたちは自らの存在意義をかけて、人間たちから発せられた司令をこなそうと献身的に働く。だが、ルールを遵守しようとするあまり、複数のルールの間でジレンマが生じる。各短編はそのジレンマが元で生じた事件を主人公たちが解いていくことで進展するが、最後にロボットが抱えたジレンマが明らかになったとき、小児が母親のことを心配している様子を見たときのような愛おしさをロボットに感じる。

ジレンマに自らの存在意義をかけて挑む、というのはロボットだからこそ、そして明確な三原則があるからこそ説得力のある話だ。余計な要素を排除してテーマを際立たせるためにSF世界を描く手法の有効性を今更気づいた。

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顔のない裸体たち

平野啓一郎の「顔のない裸体たち」を読んだ。出会い系サイトで知りあった男女が、匿名性の仮面を手に少々歪んだ性行為をエスカレートさせていく様子をドキュメンタリー調に描いた短編小説である。

集団に受けいられない性状ながら非常にプライドが高く、そのギャップから生じる劣等感を性的に女性を征服することで埋めようとする男。劣った容貌から性をタブー視しつつも、一般よりも女性ホルモンが多いことから生じる現象にどこか優越感を覚える女。ふたりは仮面の世界で出会い、それぞれに独善的に動き、それが偶々噛み合うことで嘘の生活はエスカレートしていく。

倦んだ生活を送る主人公男女のひどく赤裸々で低俗な会話が飛び交う一方、地の文は硬派で知的さを感じさせるというギャップは面白い。

読後感として「切なさ」が残ったのが意外だった。物語の出だしから隠そうともしていないように、最終的にはある事件が起こり二人の関係は破綻することになる。その破綻は主人公男が嘘の生活からの逃避を望んだことに端を発している。現在を変えたいと願い、しかし変え方がわからないため闇雲に動く結果、現在をも失う破綻へと突き進んでしまう男。その最後の展開においては、全く共感できないと思っていた男に対してどこか切なさを覚えてしまうのだ。

同著者の短編「一月物語」は、破綻がわかっていながらもむしろその破綻を望んで突き進む男を描いているが、こちらはこちらで何とも言えない読後感があり、たまに読み返したくなる。


顔のない裸体たち (新潮文庫)顔のない裸体たち (新潮文庫)
(2008/07)
平野 啓一郎

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2012年から見た1999年のゲームキッズ

こどものころ、まわりの友だちと同様に僕はTVゲームにドップリとハマっていて、幾つかのゲーム雑誌には毎週目を通していたものだった。王道である週刊ファミ通もモチロン購読リストに含まれていたが、ファミ通にはゲーム情報以外にも毎週楽しみにしているものがあった。

ファミ通の巻末でひっそりと1ページ連載していたSF「1999年のゲームキッズ」である。1ページ連載であることもあって、最新技術の未来予想からドラマにつなげるシンプルな作りのSFだったが、星新一も知らない少年ゲーマーにとっては魅力的な未知の世界を覗ける小さな窓であった。

1999年のゲーム・キッズ (幻冬舎文庫)1999年のゲーム・キッズ (幻冬舎文庫)
(1997/04)
渡辺 浩弐

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1997年発行ということは、もう15年以上も前の作品である。表紙のCG(残念ながら上では見れないが)を見ると技術の進歩に驚かされるばかりであるが、収録されている30話は現在の僕が読んでも想像力をかきたてるものであった。特に脳死を扱う「第26話 遺産」は、現実性は兎も角、発想がとてもよいと思った。

2012年はあの頃の未来だろうか。この本が手に入るまでのエピソードはひとつの回答になっているかもしれない。
この前、僕は「ファミ通に載っていた1ページ連載SF」ということだけをフと思い出して、なんだっけこれ?とtwitterにつぶやいてみた。すると即座に複数の回答が得られ、返す刀でamazonへ行き、廃刊になっていた本巻を注文、2日後には最終話を家のソファで読んでいた。
あの頃想像していた未来とはちょっと違うけど、僕たちは未来にいる。

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